先日、「『楽曲派』アイドル誕生から現在に至るまで」と題して、「楽曲派」と呼ばれるアイドルグループの歴史と現状について書きました

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1フォーエバー ★2020/01/06(月) 21:56:52.29ID:BNJSuI+D9 先日、「『楽曲派』アイドル誕生から現在に至るまで」と題して、「楽曲派」と呼ばれるアイドルグループの歴史と現状について書きました。
書くにあたって様々なアイドルや楽曲を挙げていった際に「楽曲派」という切り口以外で気になったのが、その「楽曲派」アイドルの多くが、専業の作詞家作曲家のみでなく、現役のミュージシャンから楽曲の提供を受けているという点でした。

 しかし考えてみると、一般的に「楽曲派」と呼ばれるグループ以外でも、現役ミュージシャンの楽曲提供を受けているアイドルもいますし、「楽曲派」の話とは異なる部分は多分にあるため、登場するアイドルグループは近しくてもこの切り口で改めて考えてみたいと思いました。

 「楽曲派」とは別の流れとして、「アイドルにアイドル外の現役ミュージシャンが楽曲提供する事例」を「クロスオーバー」と定義して、過去から現在に至るまでたどってみることにします。

●クロスオーバー前史
 「アイドルポップス」が明確に日本の大衆音楽の1ジャンルとなったのは1970年代前半。新たなジャンルではありますが、楽曲の多くは阿久悠や筒美京平をはじめとした既存の歌謡曲の作詞家・作曲家が引き継いで制作を行っていました。しかし新たなジャンルの誕生に新たな空気を運ぶべく、そしてその頃に新著作権法が施行されたことで専属作家制度(レコード会社が作家を抱えて原盤制作を行う制度)が衰退したことも相まって、当時自作曲でヒットを飛ばしていたフォークシンガーやシンガーソングライターも積極的に作家として起用されることになります。

 同時代に活躍する現役ミュージシャンがアイドルの楽曲を最初に手掛けた事例は、確認できた限り1973年4月にリリースされたアグネス・チャンの3rdシングル『妖精の詩』です。表題曲の作詞は松山猛、作曲は加藤和彦。過去にはザ・フォーク・クルセダーズ、この当時はサディスティック・ミカ・バンドの楽曲を制作していたペアによるものでした。

 それ以降、よしだたくろう(吉田拓郎)や荒井由実(松任谷由実)、さだまさし等、人気が出始めた若手ミュージシャンによる楽曲提供も増えていきますが、単に楽曲提供のみならず、その後のアイドルのコンセプトやイメージにまで達するレベルで制作にかかわった最初の事例は、後期山口百恵のカラーを決定づけた、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの宇崎竜童と、バンドの作詞も手掛けていた阿木燿子の夫婦であると言えます。

 1976年の「横須賀ストーリー」以降、1980年の引退までのシングル19枚のうち13枚のシングル表題曲を手掛けるなど、山口百恵を楽曲で支え続けました。

 1980年代に入ると、元はっぴいえんどのメンバーで作詞家の松本隆が本格的にアイドル楽曲の作詞を開始しますが、その際に大瀧詠一・細野晴臣らの元バンドメンバーの仲間を作曲・編曲に呼び込み、さらにYMO陣営もそこに参加する形でミュージシャンのアイドル楽曲への参加が進んでいきます。

 それでも、ここまではアイドル側から捉えれば「作家の先生」的な立場であったミュージシャンが多かったのですが、1988年、すでにスターだった小泉今日子がアルバム『BEAT POP』でホッピー神山、小室哲哉、サンプラザ中野(サンプラザ中野くん)等、バンドを中心とした現役若手ミュージシャンを起用したことをきっかけに、もっとフラットな、今で言う「コラボレーション」のような関係性での作品が生まれるようになります。

 このように、「アイドル」の誕生から1990年頃までには、今に至る「クロスオーバー」の素地は出現していたことになります。

1/6(月) 17:02配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200106-00010019-realsound-ent

1フォーエバー ★2020/01/06(月) 21:56:52.29ID:BNJSuI+D9 先日、「『楽曲派』アイドル誕生から現在に至るまで」と題して、「楽曲派」と呼ばれるアイドルグループの歴史と現状について書きました。
書くにあたって様々なアイドルや楽曲を挙げていった際に「楽曲派」という切り口以外で気になったのが、その「楽曲派」アイドルの多くが、専業の作詞家作曲家のみでなく、現役のミュージシャンから楽曲の提供を受けているという点でした。

 しかし考えてみると、一般的に「楽曲派」と呼ばれるグループ以外でも、現役ミュージシャンの楽曲提供を受けているアイドルもいますし、「楽曲派」の話とは異なる部分は多分にあるため、登場するアイドルグループは近しくてもこの切り口で改めて考えてみたいと思いました。

 「楽曲派」とは別の流れとして、「アイドルにアイドル外の現役ミュージシャンが楽曲提供する事例」を「クロスオーバー」と定義して、過去から現在に至るまでたどってみることにします。

●クロスオーバー前史
 「アイドルポップス」が明確に日本の大衆音楽の1ジャンルとなったのは1970年代前半。新たなジャンルではありますが、楽曲の多くは阿久悠や筒美京平をはじめとした既存の歌謡曲の作詞家・作曲家が引き継いで制作を行っていました。しかし新たなジャンルの誕生に新たな空気を運ぶべく、そしてその頃に新著作権法が施行されたことで専属作家制度(レコード会社が作家を抱えて原盤制作を行う制度)が衰退したことも相まって、当時自作曲でヒットを飛ばしていたフォークシンガーやシンガーソングライターも積極的に作家として起用されることになります。

 同時代に活躍する現役ミュージシャンがアイドルの楽曲を最初に手掛けた事例は、確認できた限り1973年4月にリリースされたアグネス・チャンの3rdシングル『妖精の詩』です。表題曲の作詞は松山猛、作曲は加藤和彦。過去にはザ・フォーク・クルセダーズ、この当時はサディスティック・ミカ・バンドの楽曲を制作していたペアによるものでした。

 それ以降、よしだたくろう(吉田拓郎)や荒井由実(松任谷由実)、さだまさし等、人気が出始めた若手ミュージシャンによる楽曲提供も増えていきますが、単に楽曲提供のみならず、その後のアイドルのコンセプトやイメージにまで達するレベルで制作にかかわった最初の事例は、後期山口百恵のカラーを決定づけた、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの宇崎竜童と、バンドの作詞も手掛けていた阿木燿子の夫婦であると言えます。

 1976年の「横須賀ストーリー」以降、1980年の引退までのシングル19枚のうち13枚のシングル表題曲を手掛けるなど、山口百恵を楽曲で支え続けました。

 1980年代に入ると、元はっぴいえんどのメンバーで作詞家の松本隆が本格的にアイドル楽曲の作詞を開始しますが、その際に大瀧詠一・細野晴臣らの元バンドメンバーの仲間を作曲・編曲に呼び込み、さらにYMO陣営もそこに参加する形でミュージシャンのアイドル楽曲への参加が進んでいきます。

 それでも、ここまではアイドル側から捉えれば「作家の先生」的な立場であったミュージシャンが多かったのですが、1988年、すでにスターだった小泉今日子がアルバム『BEAT POP』でホッピー神山、小室哲哉、サンプラザ中野(サンプラザ中野くん)等、バンドを中心とした現役若手ミュージシャンを起用したことをきっかけに、もっとフラットな、今で言う「コラボレーション」のような関係性での作品が生まれるようになります。

 このように、「アイドル」の誕生から1990年頃までには、今に至る「クロスオーバー」の素地は出現していたことになります。

1/6(月) 17:02配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200106-00010019-realsound-ent

237名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 17:42:44.99ID:b8kJxTgn0 >>1
普段は自分の作品を作ってる作家がアイドルの曲を作るっていうのは
ちょっとした息抜きみたいな感じもあって楽しいのかも。
坂本龍一が、自分のソロだったら恥ずかしいからやらないけどYMOだと出来る
みたいなこと言ってたけど それに近い感じがする。
自分の中にあるポップな部分を遠慮なく思い切り出せる みたいな

でも加藤和彦はアグネスにも曲書いてたんだな。
劇場版マクロスのテーマ曲はほんとに名曲だ

354名無しさん@恐縮です2020/01/08(水) 11:51:22.06ID:Da/i11Hd0 スーの歌が普通にアイドル的な歌唱だったら海外ではあんなにウケなかった。

357名無しさん@恐縮です2020/01/08(水) 11:55:50.95ID:Qylc63ZT0 >>354
具体的に言ってな
普通のアイドル的な歌唱ってどんな感じ?

360名無しさん@恐縮です2020/01/08(水) 12:06:29.51ID:Da/i11Hd0 >>357

137名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 10:04:44.12ID:wOSVK5BW0 楽曲派アイドル?聖子や明菜はどっちなんだよ
AKBとか秋元グループが異質なだけで
昔からアイドルはちゃんとした作家が付いていているわけだから
そんな区分けなかったはずだ

145名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 10:19:20.17ID:zCjvKaje0 >>137
楽曲派では無いね
この人の前のコラムに定義的なものは書いてある

146名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 10:22:59.80ID:wOSVK5BW0 >>145
その定義をはっきりさせろよ

271名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 21:40:30.69ID:Focjtu530 楽曲派という話が出てるが
ライブアイドル界隈で楽曲派という呼称がポピュラーになったのは
sora tob sakana からって気がする

https://youtu.be/MyikIWSAEE4

いわゆるアイドルポップでありつつ
EDMであり 時にアイリッシュパンクの香りもあったり
面白い

288名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 22:40:54.25ID:HqayY5Al0 >>271
たぶん楽曲派はネギッコとかトマパイあたりが最初に言われ出したんじゃないかな?
2016年頃から出てきた、sora tob sakana、maison book girl、amiina、アイドルルネッサンスなどが第二次楽曲派世代?

319名無しさん@恐縮です2020/01/08(水) 06:56:59.17ID:c5Xebqv10 >>288
タワレコのT-Palette Recordsが出来てNegiccoとかしず風とかバニラビーンズとかが入ったあたりじゃないかな

320名無しさん@恐縮です2020/01/08(水) 07:12:36.81ID:GuQsGhOF0 >>319
楽曲派なんてBerryz工房や℃-uteの頃から言われてる言葉だよ

145名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 10:19:20.17ID:zCjvKaje0 >>137
楽曲派では無いね
この人の前のコラムに定義的なものは書いてある

124名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 09:34:16.59ID:g4wGQw7Q0 これとか中の人が実はエビ中
かなりプログレッシブw
https://youtu.be/_J04gF6n9ac

128名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 09:45:27.67ID:Focjtu530 >>124
ココナッツサブレ良いよね
まだ活動してるの?

これなんかQUEENのようだ
https://youtu.be/_-jZVTH0r1Q

130名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 09:51:47.54ID:g4wGQw7Q0 >>128
流石にもう活動はしてないんじゃないの
それもバックとかすごい豪華なんだよな
BISなんかも作曲を調べると結構豪華だぞ

134名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 09:58:55.66ID:Focjtu530 >>130
BiS流れで自分が興味もって見てるのは
苺りなはむの CY8ER かな

EDMフューチャーベースなんだけど
ポストハードコアなエッセンスもあって面白い

https://youtu.be/-9gajNNdjN8

ただ CY8ER はメジャー行って中田ヤスタカってのがな
売れたプロデューサーじゃなくオリジナリティある若いのにやらせた方が
意欲的な作品が生まれると思うけどね

158名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 12:27:54.43ID:IRwb1R3r0 ももクロは人間椅子から所ジョージまでほんとに幅広いな
堂本剛もあるし

159名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 12:30:35.62ID:g4wGQw7Q0 >>158
あれはマネージャーの川上の趣味
ライブはプロレスからの影響が強い

264名無しさん@恐縮です2020/01/07(火) 19:47:33.95ID:/K522vwL0 >>159
川上は大雑把に要望するだけでももクロの音楽はイーブルラインレコード(キング)の宮本が手掛けている

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